blog

国宝・松本城と松本神社へ行ってきました!!

先日、長野県松本市にある国宝松本城と松本神社へ参拝に行ってきました。

 

 

松本神社

松本神社3

 松本神社2

 

松本神社は、長野県松本市丸の内にあり、松本城の北隣に鎮座する神社。地元では「ごしゃ(五社)」と呼ばれている。

 

前身は、縁結びおよび郷土発展の神として信仰を集めた暘谷(ようこく)大神社である。暘谷大神社は松本城主松平康長と松姫の子の虎松(孫六郎永兼)を祀る社として知られていたが、寛政9年(1797年)に、今宮八幡宮(戸田氏の先祖戸田宗光)、片宮八幡宮(戸田氏以前の三河国田原領主一色義遠)を勧請して合祀、 天保2年(1831年)には更に共武大神社(松平康長)、淑慎大神社(松姫)と合祀し五社とし、1953年の若宮八幡宮(松本城の前身深志城の築城者島立貞永)との合祀を期に、名称を松本神社と改めた。

御神木の大欅は境内の外、道路の中央分離帯上にある。

松本神社1

 

 

松本城

松本城2

 

松本城は、長野県松本市にある日本の城である。安土桃山時代末期-江戸時代初期に建造された天守国宝に指定され、城跡は国の史跡に指定されている。松本城と呼ばれる以前は深志城(ふかしじょう)といった。市民からは別名烏城(からすじょう)とも呼ばれている。しかし文献上には烏城という表記は一切ない。天守が国宝指定された5城のうちの一つである(他は姫路城犬山城彦根城松江城

ウィキペディアより

 

 

創始

松本城は戦国時代の永正年代初めに造られた深志城が始まりです。

戦国時代になり世の中が乱れてくると、信濃府中松本平中心の井川に館を構えていた信濃の守護小笠原氏が、館を東の山麓林地区に移し、その家臣らは林城を取り囲むように支城を構えて守りを固めました。深志城もこの頃林城の全面を固めるために造られました。

その後、甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、この地を占領し信濃支配の拠点としました。

その後天正十年(1582)に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名を松本城と改めました。

松本城1

 

天守築造

豊臣秀吉は、天正十八年(1590)に小田原城に北条氏直を下し天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。この時松本城の小笠原氏が家康に従って下総へ移ると、秀吉は石川数正を松本城に封じました。数正・康長父子は、城と城下町の経営に力を尽くし、康長の第二は天守三棟(天守・乾小天守・渡櫓)はじめ、御殿・太鼓門・黒門・櫓・堀などを造り、本丸・二の丸を固め、三の丸に武士を集め、また城下町の整備をすすめ、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。天守の築造年代は、康長による文禄2年から3年(1593~4)と考えられています。

 

 

 

最上階(天守六階)

松本城3

ここは戦の時、周りの敵の様子を見るところ(望楼)として使われました。

天井は井桁ばりでがっちりと組まれています。天井中央に祀られているのは

二十六夜神という松本城を守ってきた神様です。

 

 

松本城冊子より

 

 

パワーをもらったような身体が浄化されたような清々しい気持ちになりました。

リフレッシュしたところで皆様の体を治します!!

 

○ハート接骨院は、浜松市東区の年中無休の治療院です。

毎日10~20時までの診療時間で、お昼も診療致しております。

以下の診療内容になります。受付時間は19:30までになります。

 

保険診療はこちらの内容になります。

 

・むち打ちなどの交通事故による負傷

・日常やスポーツの怪我の治療

 

こちらは保険適用外になりますが、定期的に受けると効果があります。

 

・膝関節・股関節・肩関節などの機能訓練

・猫背・O脚・骨盤矯正などの自由診

 

いつでもお気軽に立ち寄ることができるハート接骨院に、

是非お越し下さいませ。

 

住所:浜松市東区和田町203-4 マックスバリュ‐和田店内

TEL : 053-462-5200

 

ハート接骨院はFacebookをやっています。

色々な情報をアップしてゆきますので

是非!!お気軽に友達申請して下さい♪