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国宝犬山城&三光稲荷神社へ参拝

国宝犬山城&三光稲荷神社に参拝

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先日、国宝犬山城と城下の三光稲荷神社へ行ってきました。

ちょうど紅葉の時期で、イチョウや紅葉の色付きを楽しめました。

城下町も若い人が多く、楽しむところもあり、賑わっていました。

犬山城は国宝であるため、海外からの礼拝者も多くいらっしゃいました。IMG_9305

 

三光稲荷神社

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国宝犬山城は

慶長15年(1610)頃、徳川家康の9男義直が尾張へ移封されると成瀬正成はその傅役となります。まだ若い義直にかわって、尾張藩政を委ねられていた平岩親吉が同16年に死去し、その翌年から正成は竹腰正信とともに尾張藩の付家老として政務に携わりました。元和3年(1617)、成瀬正成が2代将軍徳川秀忠から犬山城を拝領して以後は幕末まで代々、城主と尾張藩付家老を務めました。

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 明治24年(1891)の濃尾震災をきっかけに再び成瀬氏が天守の所有者となり平成16年(2004)までの長きにわたり個人所有の城として知られてきました。

 犬山城白帝文庫は、国宝犬山城天守および旧犬山城主成瀬家伝来の古文書・美術工芸品等を調査研究・保存・公開し、犬山の文化発展に寄与することを目的として平成16年4月に設立されました。

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犬山城の沿革

 犬山城は織田信長の叔父である小田信康が天文6年(1537)に木之下城を移して築城したと伝えられています。

 こののち江戸時代初期にかけて城主はめまぐるしく入れ替わりました。

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 天正12年(1584)小牧・長久手合戦の際には羽柴(豊臣)秀吉は大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた徳川家康と戦いました。

 江戸時代になり、元和3年(1617)尾張藩付家老、成瀬正成が城主となってからは成瀬氏が代々受け継いで幕末を迎えました。

 明治維新に犬山城は廃城となり、天守を除いて櫓や門の大部分は取り壊され公園となりました。

 

 明治24年(1891)の濃尾震災で天守は大きな被害に見舞われました。同28年、愛知県から修復を条件に旧城主である成瀬氏に譲渡されました。また、多くの市民から義援金により修復工事がおこなわれました。その後、昭和34年(1959)の伊勢湾台風などで天守の破損が激しくなったため、全面的な解体修復工事がおこなわれました。

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 天守は昭和10年(1935)に国宝に指定され、同27年規則改正にともない再指定されました。また、天守の創建て年代は天正(1573~92)頃、慶長5(1600)・6年などいくつかの説がありますが、現存する天守の中では最も古いと言われています。

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 現在、犬山城天守は犬山城白帝文庫の所有となり、犬山市が管理をおこなっています。

犬山城冊子より

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特に国宝のお城は日本人であれば特にすべて見たいですね!

名古屋へ行った際は是非!犬山城へ足を運んでみて下さい。

場内はやはり昔の作りの為、階段はかなり急ですのでお気を付けください。

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